助産師前田弘子の財産&宝物 (回想録)

2016/11/29                                 良い肉の日に寄せて

 

「助産師前田弘子の財産&宝物」

 

いろんなことが次々に起こる今年の「秋から冬の人生街道」ん~~。

でも、決して、辛い感覚ではない試練なのです。それに、逃げたいとも思えないんだなぁ~~。この感覚!! いつだって、ワクワクしている自分を感じていられるから!

 

では、私の財産、私の宝物を紹介します。

それは、「新たな出会い」。「初めての企画への参加」。「より大切な仲間との『絆』の確認」。…と『それぞれの「新たなる課題への挑戦」と共に私の中ではどんどん増えるモノ』らしい、そして、それらは、全て私のライフワークにも深くかかわってくれるものなのです!

それは、『人との繋がり』です。

 

人との繋がりは、前田助産院ポリシーの原点でもあるのです・・・

 

助産院の唯一の財産は、『人との繋がり』でできている『人脈』なのです。

多くの人との出会いによって積み上げてきた「人繋がり」という『宝物=人脈』は、果てしなく膨大な時間をかけなければ手にすることができないこともある、心を砕いて真剣に見つめ合っているうちに自然に得られる時もある。また、瞬時のインスピレーションで叶う場合もある、多くの会話やコいくつものミュニケーションを経てやっと理解しあえる関係ができる事もある。会話なのか?ディベート?口喧嘩なのか?区別できないほど絡み合い、激論を交わし、こんなに理解しあえないのか?!と悩んだ末にやっと納得にたどり着いたこともある。中には、価値観の違いに唖然とし、全く異質な価値観の中から共通の真実の理解に行き着き、万歳したこともある。でも、このようにして手に入れた目に見えない『宝物』は、私にとってどれほど大切なものか計り知れないことは事実なのだ。そして、この世にこれほど尊い「財産」は、他に存在しないことも確信できる。

 

この秋から冬にかけての収穫とは、私の助産師人生で、今まで探し続け、思い描いてきた『いのちの樹』ージグソーパズルをイメージし、それを完成させたい!とパズルのピース探しを始めて3年にもなるーそのジグソーパズルの大切な何片かを見つけた事だった。『いのちの樹』の完成図が、少し見えかけてきている気がする。何か、もう一息というところに来ているような感覚が強まってきた今日この頃なのです。ココに至るまでの経緯、そして、安寧を得た今の私の話に暫くお付き合いください。

 

もう40年も前のコト

助産師活動の未来を見据えたという大先輩の言葉を聴いた。今もその言葉は、私の胸に染み透るように響くことがある。開業助産師になりたての頃の私は、24時間365日体制でどこへでも飛んで行って「自然なお産」に応えたいという意欲に燃える暑苦しいほどの若手だった。先輩の開業助産師は「素手」の分娩介助から手を引くべき時期に来ている、という助言に背きながら「敢えて素手」で自然分娩を請け負い、あくまでも「自然にこだわった」自宅分娩(フリースタイル)を介助していた時代があった。

絶頂とどん底は背中合わせ?

開業助産師としての力量不足、判断力、診断技術力などの甘さを思い知らされたこともある、危険発生率の確率という大きな掟にも打ちのめされた経験もした、開業助産師の限界を知った頃には、自分自身の健康管理も出来なくなり、母子の「二つの命」を預かることが出来なくなるまで突っ走ったのだと悟った。身も心もズタズタで疲労困憊となり精神的にも病み、挙句の果て、自らを信じられなくなり、助産師人生を閉じたくなったこともあった。

見えるはずのないものが見えてくる

そんな時、新たな道を開いてくれた人との再会があった。「生きるテーマ」をしっかりと与えてくれたのが、人繋がりだった。茫然自失の中、講義の壇上で見たものは、紛れもなく、神がかり的な幻想だった。「ココからもう一度前を向くようになさい」と強烈な閃光に照らし出された圧倒的な大きさと迫力に満ちた「巨大な道しるべ」がはっきりと見えた。それは、昔、映画館で観た『モーゼ十戒』の「海割れ」のシーンようだったことを今も鮮明に記憶している。そして、それを機に新たな助産師業務への熱い想いを復活させ、分娩介助を中止した形態での仕事に復帰した。母乳援助を中心とした助産院として。

全く知らない分野を現場で学ぶ喜び

新たなカタチを始めるまでの間にも、人繋がりに支えられた。施設内での看護と地域での看護の違いを知ったこの訪問看護という形態、そして、精神という目に見えない部分での疾患との関わり方を学ばせてもらった。助産院の立場では、地域活動をどう展開できるかという仕事のあり方を学ばせてもらった。このアルバイトの経験では、ゆったりとした時間の流れの中でしか生きていけないヒトの存在とあまりにも心優しいヒトにとってはこの目まぐるしい現実社会は、生きていけない現場を目の当たりにし、支援を必要とするヒトの多様性、訪問という選択権をゆだねた援助の仕方を学ぶチャンスをもらった。

母乳支援での助産院業務こそ、思いやり・心配り・優しさ・細やかさが必須

『母乳育児支援』という新たな仕事形態については、助産院を経営し続けること自体、なかなか大変なことだと多くに人から忠告を受けた。分娩に比べ、リスクは少なくなったものの、その分、きめの細やかな対応を欠かせない。そのことを身をもって教えてくれたのも、やはり、人繋がりだった。急性の乳腺炎で辛い思いをしているお母さんからの電話を受けた時、久しぶりに楽しみな夕食を約束していた友人は、快く夕食をお預けにし、しかも、自分の車で、名古屋を横断して救急対応の応援をしてくれた。この心優しい思いやりの大切さを身をもって学ばせてくれたのだ。この友の示してくれた「営業姿勢」の大切さ、チャンスを活かす、心から期待に応えようという「即決」のタイミングを伝えてくれた無言の行為が、今の私の「母乳ケア」での助産院経営を軌道に乗るまでに導いてくれたと確信している。

 

また、

開業再開の中で、私の考え、信条には、必ず手を止めて、話し合えるスタッフ達との出会いがある。いつも真剣にお互いに熱く語れる間柄の大切な仲間との再会があった。偶然のように思える出会いだったが、その時こそが、最良のタイミングでの出会いだった。近況確認を交わし、未来、将来の事を語り合い、トキを忘れて「熱い打ち合わせ」を重ね、改善策をねり、時間をかけて熟成させる。更に、もう一度、話し合うというやり方で業務検討を重ねてきた。お互いの暑苦しいまでの情熱、お互いに暑苦しさを自覚しながら、充分に納得した上での業務に対して、お母さん・小さな人達の確かな手ごたえをしっかり受け取れたときは、本当に満足できることも実感した。充実の時間を共有する楽しさはやはり人繋がり以外の何物でもない。

 

この『人繋がり』という財産、『人脈』という宝物は、助産師職の前田弘子ならではのもの。こんな自由で楽しみな開業助産師の仕事。これこそが、助産師冥利に尽きる醍醐味だと自負する。自分の大好きなことを行動に移す、それだけで感謝される。そのことで決して天狗にならぬよう『誠心誠意』天職に励みたい。この仕事をこれからも情熱をもって続けたいと考えている。

 

大切な時間を割いて最後まで読んで下さってありがとうございました。

 

私自身、60歳代では未だ青二才助産師だなぁと思います。大先輩に言われても仕方ない未熟者の産婆です。

文責;前田弘子